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韓国のドラマは日本を超えた。

Category : 未分類 8月 8th, 2020
 Fujityaku
いわゆる韓流の始まりは17年も前の「冬のソナタ」だった。それは、日本の主婦層の特に昭和生まれの人達の心を動かす、恋愛ドラマの傑作だったのだろう。
2002年に日韓ワールドカップが行われ、2003年に「冬のソナタ」が放映された。
その二つの出来ごと、つまり日韓ワールドカップが若者の心に何かを残し、「冬のソナタ」が主婦層を動かした。それが、いかに日本と韓国の距離を縮めた事か、その以前の日本と韓国状態を考えると、すごい事が起きた事が分かる。
 余談だが、30年前に韓国に一人旅をした友人が、大変な思いをして帰ってきた。彼は「いかに韓国人達が日本人を憎んでいる」事を実感したと言った。
  多くの日本人は(私を含めて)日本より遅れている韓国の状態を見て、どこかで日本人は韓国を見下していた。戦前の人達は見下す事が当たり前であり、戦後の差別や民主主義を学んだ私たちでさえ、それが心のどこかに植え付けられていた。また、韓国人は日本を憎む歴史的構造があり、多くの人が日本を恨んでいた。日本は戦後を忘れようとしていたし、韓国は忘れまいとしていた。加害者があやまりもせず嫌なことを忘れようとしている。被害者が加害者を(日本人)を恨むのもあたりまえであった。
 私が韓国と日本の関係を知れば知るほど、日本が韓国を尊重し、韓国の人が日本を受け入れる日か来る、そんな日がくるには大変な歩み寄りと理解と時間が必要なのだろうと私は考えていた。
 だから、日韓ワールドカップ開催はすごかった。わだかまりはあったが、韓国と日本がスポーツを通して交流をしたのだ。「スポーツは国境を越えるのかも。」とみんなが予感した。
 そして、その交流後、韓国の文化である韓流ドラマが日本のTVに流れ主婦層が見始め、ヨン様に熱狂し、後のK-popが(私も好きだが)日本の若者に受け入られ始めた。
 この時期、韓国と日本の関係が変わり始めたのだ
 韓流ドラマの話に戻そう。
  私は韓国ドラマはいいぞと友達に勧められて、冬ソナを見た。おもしろいドラマだなとは思った。ペ。ヨンジュンもチエ・ジウも良かった。
しかし、その当時私は韓流ドラマにはまらなかった。。
 どうしてか、理由を考えた。それは
・リアリティが薄い
 主人公がすごい美人だったり、イケメンで有ったり、財閥だったり、軍人であったり、男の強さ、女の優しさ、日本と比べてしっかりと、リアリティを無視した存在感で描かれている。
 主人公も死んだと思わせておいて、生き返らせ、運命的出会いがあまりにも多いし、記憶喪失が頻繁に起こる。時代考証では仕方が無いことだが、悪い日本人が多すぎる。
・回想シーンが多い
 これは制作過程のドラマの長さや週2回の放映によるものらしく、70分以上の話では昔のシーンを差し込んで尺を採らざるを得ないらしい。水増しをしないと保たないのだ。
・画面がキラキラし過ぎている
 これもリアリティより俳優の美しさ、かっこよさを表現するために画面が明るい。恋愛での雪のシーンも多く、夜のシーンでも日本と違って顔を見せるため明るいのだ。
・表現が大げさ
 国民性の違いでしょうが無いが、やたらどなる、叫ぶ、泣く、わめくのには違和感を覚えた。
だから、あの時代、私は韓流ドラマにはまらなかった。
でも、今は違う。韓流ドラマはすごい。見始めたらやめられなくなったのだ。
やっと本題だが、
今現在、私は最近の韓国ドラマにはまっている。韓国のTVドラマは日本を超えたとも考えている。それを見てから日本のテレビドラマがつまらなくなった。それほど、今、韓流ドラマにはまっている。
見た動機は?
Net flexで「LOST」「ウォーキングデッド」をみていた私は、評判の良い、「愛の不時着」を最初に見た。面白かった。
あまりにも面白かったので、「イテェオンクラス」を見て、「アルハンブラ宮殿」、「賢い医者の生活」と立て続けて、全部で64話をなんと二ヶ月で見終えてしまったのだ。夜があけるまで妻と見てしまった日もあった。そのくらい見るのを止められなくなるほどはまってしまったのだ。
「愛の不時着」では、笑いと涙と人情があり、サスペンスがあり、社会問題があり、南北統一の問題まであった。
 今までの韓流ドラマのイメージで見た私だが、そのドラマは今までとは違っていた。
もちろん、今まで同様、主人公は美男美女だし、女性は優しく財閥で、男性はスーパーヒーローだ。画面はキラキラしているし、回想シーンも多く、ラブシーンでは雪が降る。お決まりの展開だ。
しかし、今回はそれが嫌ではなかった。いや、むしろすごいと思えたのだ。
 どうしてだろう?
その理由をまとめてみた。
・まず、スタッフの意気込みが日本よりすごいと感じた。
 日本では一話が50分程度で週一回の放映でドラマは大体10話で終わる。その上、ひどいときには5分後に二コマーシャルが流れ、Cmが私たちをイライラさせる。俳優もそれほど個性的ではなくなてきたし、脚本の内容が薄っぺらくなってきて、韓国と同じようにリアリティに欠け、医者、刑事、検察、金融、それらが交互に繰り返している。
 それに比べ韓国ドラマは一話が70分週2回の放映で16話を作成する。これはスタッフにとって相当厳しいし、外国ロケまですると制作費もかさみ、日本では映画でしかあり得ないものを、毎週、それをテレビに流し視聴者を引きつけにする事は、制作スタッフのバイタリティが無いと出来ない。
・脚本が素晴らしかった
 CMがうるさいと感じられ、最近ではTVはNHKしか見なくなってきたし。お金をは払ってNet flexにも加入し、アメリカTVドラマを見始めた。LOSTやWalkingDadを見て、すごいと思った。しかし、なにか暴力的で血なまぐさいのだ。視聴者の神経を逆なでるようなシーンも多く、勿論最後までハラハラドキドキさせるがショッキングな脚本で、怖いもの見たさ的欲求を満たすのには最適であった。
 しかし、ストレスが最後に堪る。見終えてため息が出る。幸せな気持ちには無いのだ。しかし韓国ドラマは違った。見終えた後、幸せな気持ちにさせられるのだ。
 それが、エンターテインメントの神髄だとしたら・・・・・・・・・・
「愛の不時着」では何度もハラハラドキドキしたし、笑い、泣き、人情があり、感動もあった。それは、いつものお決まりの展開とハッピーエンドなのに、最後には達成感と安堵感があった。
 今までの韓流と同じなのだが、何か違ったどうしてだろう?
 考えるにそこには韓国が抱える南北問題があったからだと思う。今までの北が悪く南が良いという単純な展開では無く、いつか信じて願えば北と南は統一できるだから、この二人には幸せになって欲しいという気持ちでハッピーエンドを迎えると、私たちは安堵し、そして、南北もいつかは統一できるという希望に視聴者にあたえている。ハッピーエンドがより安堵させるているのはその脚本家の意図が会ったからだと思う。
・出演者演技が心に残った。
もちろん、韓流の流れからそれは恋愛ドラマであり、男の主人公は背が高くかっこよく強く、出てくる悪役は徹底的に悪であり、最後はその悪を倒す痛快さがあり、女の方は美しく気高く優しく、普通だったら死ぬ場面も、生き返り、良く泣くし、怒鳴るし、わめくし、日本人よりオーバーな演技である。
 それでも、今回はそれが嫌で無かった。何の私の心境の変化なのだろう。
恋愛シーンでは美しく見せるためにスイスの景色を利用している事も、鼻につかず、しょうが無いよなこの方がいいもの、と私は納得した。
それを支えていたのが出演者の演技だ。韓国の国民性である日本人よりオーバーアクションも今回は全然気にならず、むしろハラハラドキドキのサスペンスにはぴったりだったし、人情表現も白々しくなく、何よりも北朝鮮の人達を悪く描いていないのだ。むしろ、北朝鮮がレトロな良い国に描かれ、私は好感が持てた。
 考えるに、リアリティが突拍子も無いのだが、少しずつ私たちがこうなって欲しいと思う願望に近づいてきたと言えるだろう。
 韓国ドラマのリアリティの無さを上手く使って、私たちがこうであったらという現実で期待する事を読み取って役者が演技しているのだ。
 だから演技が過剰である事が気にならず、私たちを笑わせ、泣かせ、考えさせる。それが日本の役者より・・・・・・・・・・
 なんだろう?なにしろ、いいのだ。私が年取ったせいか、韓国人がストレートに感情をあらわにする事が、爽快に見えるのだ。日本人がおとなしすぎるように感じる。現実に私たち日本人はあまり泣かないし、わめかないし、怒らないし、笑っても薄笑いだし、日々の感情を抑える。それが美徳だからだろう。その現実の反発ゆえ、韓国ドラマが好きになってしまったのかも知れない。
 そして、北朝鮮の人達が「愛の不時着」を見て心が動き、ひょっとして北と南の統一するような日が来る。そんな韓国ドラマのパワーを期待して、今日も続きをみたいと思う。
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