私は、テニスをやり始めて3年になる。最初は、サーブも入らないどうしようもない初心者だったが、練習は楽しく、クラブの試合もなんとか参加できるようになってきた。
サーブやスマッシュが決まったときの快感、試合運びのおもしろさ、テニスは奥が深くはまってしまった。
しかし、テニスはスポーツとしてするのは良いが、どうも観戦するのはなじめない。
その理由が錦織戦を見て分かった。「テニスは意地悪ゲームだ」と言われているが卓球バドドミントンだって同じだ。では、何故テニスはなじめないか?理由は、意地悪ゲームを金持ち達の紳士淑女が観戦しているからだ。なんか試合会場の醸し出す雰囲気がなじめないのだ。
私は本来サッカーをやってきた人間で今でもサッカーの試合を見るのが大好きだ。なによりも、日本代表が強いチーム相手にゴールしたとき、思わずテレビの前で「ゴーーーール!!」と叫んでしまう。心からゴールがうれしくて叫んでしまうのだ。しかし、テニスの試合ではそれが無い。
錦織圭はアウェイで戦った。ツッヲンガコールが錦織の失敗を呼び起こす。静寂の中で、錦織の孤独な気持ちが手に取るように分かる。反対に負けられないツッヲンガの気持ちもよく分かる。だから、勝っても負けても気持ちよくない。ショットを失敗したときに聞こえるため息。階段状の観客席でセレブな格好の紳士淑女が観戦する。勝ったツッヲンガは一人神に感謝して涙を流し、会場が彼をたたえているときに、錦織は一人淋しく誰にも注目されずに手を上げてから会場を去った。なんかこんなテニスの試合観戦がなじめない。
サッカー観戦の好きなところは、人と人の心のふれあいが見られるところだ。誰かの失敗も仲間が助けたり、仲間のアシストでゴールできたり、ゴールの後にみんなが駆け寄って喜んだり・・・・・・。いつも仲間がいる。さポー-ターは試合会場で大声で応援でき、アウェイの会場でも、10人のサポーターさえいれば、選手は元気づけられる。孤独ではない。もちろん、試合に負けたときはため息も出る。勝ったチームは歓喜にしたり、負けたチームは放心状態で、涙を流し泣き崩れる選手もいる。しかし、そこへ、仲間が「しかたがないよ次を頑張ろう」と声をかける。PK戦で駒野が外し日本が負けたときも、がっくり肩を落とす駒野を仲間が肩を抱き、相手チームの選手も慰めるシーンを見たとき、私は感動した。思わずもらい泣きをしたのを覚えている。勝手も負けてもサッカーの試合にはドラマと感動がある。錦織のような孤独な退場は無い。
