コズミックフロントというテレビ番組で、コペルニクスの特集を見た。哲学においてカントが「コペルニクス的転回」というパラダイム転回として使ったのが有名だが、コペルニクスの生い立ちは詳しくは知らなかった私には面白いはなしだった。
彼は、二十歳で天動説がちょっとおかしいと気がつき、観測とデーターを積み重ね計算をして、真実は地球が太陽の周りを回って いることに確信してくる、しかし、彼は聖職者で神に仕える身であり、聖書に書かれていることは絶対であり、彼の信念は聖書の教 えに従うことであった。つまり、彼の人生は彼の信じる「信念」と彼が追求する「真実」とが一致しない苦悩に満ちた人生だったのだ。 それが死ぬまで続いた。
人を導く「信念」も、物理的事象から「真実」導く力も無い、凡人の私たちにとって、コペルニクスの苦悩はどんなものだったんだろう。想像す るにかなり苦しく悩みに悩みんだのだろう。死に近づく晩年になって、「これは重大な真実だから」と親友であり弟子でもあったゲオルク・レティックから本を出版するように薦められても、 彼は「聖書に背いて、世の中が混乱するような本を出版して良いのか悪いのか」悩むのだ。
しかし、このままではいけないと思ったレティックはあることを思いついた。そして、コペルニクスを説得し、地動説を説いた本が出版されることになった。また、その本が出版された後も、教会はさわぎたてることもせづ、世の中は混乱することもなかったのだ。その友達の機転は一体に何か。 これがこの話の面白いところだ。
彼は、地動説の本の序文に「これは仮説だが・・・・・・・・・・」と一節を入れさせたのだ。そして、教会を仮説ならまだ確信出来てないことですからと 納得させ、コペルニクスにはこれで本を出しても世の中は混乱しないと説得したのだ。私はレティックもすごい人だと思う。地動説に感銘を受けて、これは世の中を変える力を持っていることを見抜いたこと、このまま地動説が闇に葬られる事の危機を感じていたこと。そして、信念と真実との狭間に苦悩しているコペルニクスを救う方法を考え出した事、コペルニクスを尊敬し地動説のすごさを知っている親友だからこそ、その考えを思いついたのだと思う。
親友や弟子達の手で本は出版され、コペルニクスは70歳で脳溢血で死ぬ間際にその本を受け取って亡くなったそうだ。
私に言わせれば「コペルニクスさんその手があったじゃないですか。もっと早く出版すればよかったのに。」と思うところだが、残念ながらコペルニクスぐらいの聖職者はそうはいかない。信じていた聖書を「実はこれは間違っています。」と言うのだから、死ぬ間際まで、苦悩したのだろう。ただ、一般人の私がこの話から学ぶ事は「どんな苦悩にも逃げ道はきっとある。」ということだ。
コペルニクスの死後、かのガリレオガリレイが望遠鏡による観測から、地動説がいかに正しいか訴え始めるのは70年後だった。
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