時代は平成から令和に変わったという。まあ、今私は元号を使わないからどうでもいいと思っていたけど、テレビで見て、怖くなった。何故なら、その時代に期待をかけたり、皇室を敬う姿と同じ姿が北朝鮮にあったからだ。
多くの人が北朝鮮の金一家が国を支配している姿に嫌悪しているのに、天皇を見るために皇居を訪れ天皇陛下の前で「天皇陛下万歳」を三唱をしている姿には嫌悪を感じない。あの人達が北朝鮮をありかたを「いい国だなぁ。」と思っているならいいけど、もし北朝鮮を非難してそれでいて天皇陛下を崇拝しているなら大問題だ。自分たちをどう思っているのだろう。天皇は歴史的に日本が必要としている存在で、金正恩と大違いだ。と、言うだったらそれはおかしいぞ。
私は見た。同じニュースで見た。皇居で「天皇陛下万歳」を唱える人達と、金正恩の為に集まって「金正恩将軍万歳」唱える人達の顔つきと姿がまるっきり同じなのを見た。みんな何かを信じ歓喜の顔をしていた。これは何だ!
話を変えるが、昨日、大坂なおみが全仏オープン3回戦で負けた。自分のプレーが上手く展開できずミスを連発して、負けた。ベンチにすわっている大坂なおみはいつもと違って、目がうつろだった。それを見て、自分と戦っているがどうにも出来ない現実をなんとか打開しようとしている彼女の苦しさがひしひしと伝わった。その時彼女は何を思っているのだろうか、「神様助けて!」と言っても駄目だし、「大丈夫、大丈夫自分を信じろ!」と松岡修三の言葉を思い出しても駄目だし、あの状態の彼女をどうやって救うことが出来るのだろう。自分もテニスをしていて分かる。全部上手くいかないのだ。絶望と孤独だ、彼女は救いを求めている目をしていた。
もう一つ、川崎でバス停で待っている子どもたちを刺しまくった男の状況が理解できる。孤独や絶望が自殺に向かい、怒りが他殺へと向かう。自分ではどうにも出来ない状態。どうしたら良いんだ。
絶望、孤独、怒り、このプロセスが怖い。
多くの人達はその過程で、救いを求める。その救いが無い人は現実から逃れるために死を選ぶ、それが自分だか他人だか分からないが最後のエネルギーを使って現実から逃げるのだ。
そこで問題なのが、『人間はその時何に救いを求めるか』だ。
救いは必要だ、なんとか生きる希望を持ってこの苦しみから逃れたい。しかし、その救いが何であるかが問題だ。それが神であったり、言葉であったり、社会のつながりであったり、・・・・・等 自分を救っているくれる何かは確かにある。だから、多くの人達がまだ未来を信じて生きている。
そこで、話を戻すがその救いが「偶像崇拝」だとしたら、それは大問題だ。その行き着く先に未来は無い。簡単に言えば「天皇陛下万歳と金正恩将軍万歳とがいつかぶつかり合う未来」には戦争しかない。
ある事を信じて生きていくことは人間には必要だ。それは分かる。しかし、「偶像崇拝」は困る。何故なら自分たちの信じるモノが一つでも。偶像は多数だからだ。いつか、信じるもの同士が対立する。戦争は無くならない、これは崇拝しているからどうしようも無い。自分の姿を疑わないから、そうで無い人を認めることが出来ない。他のモノを信じる人達が敵に見えてしまうのだ。
「天皇陛下万歳」と「金正恩将軍万歳」とは同じだと言うことに気がつけ!!!
最近、日本は天皇陛下万歳を唱える人達が増えてきたように思う。なにか、トランプ大統領が当選した状況。ヨーロッパが右翼化する状況、みんなつながっている。そこに気づけ・・・・・
この状況に危機を感じざるを得ない。

