前回、私が子どもの時にトワイライトゾーンを見て、SF好きになった事を書いたが、今回は私たちが文化的に特殊な世代である事を述べたいと思う。それは20世紀から21世紀の変化を体験できた世代であるともいえるのだ。
歴史を見ると国が大きく変動する変革の時代が必ずある。人間の文化や歴史は徐々に変化するでは無く、階段状に進んでいく、日本もそうである。特に近代史で語られるのは江戸時代から明治時代に変わる変動は大きかった。そして、太平洋戦争を経て戦後変動もそれに違わず、日本は大きく変わった。私たちはその変動を体験した世代であるといえる。少し言いすぎかも知れないが、その時代を子どもとして育った私はそう子どもながらも感じとった。
日本の歴史を見て、政治的に色々な変革があった。しかし、よくよく見ると庶民の生活は戦国時代も明治時代もさほど変わってはいない。大まかに見ると縄文時代から戦前まで庶民の生活はそんなに変わっていないと言えるだろう。それは多くのことが人の手で行われたままだからだ。家は紙と木と土で作られ、洗濯、炊事、人々の生活に関わるものは結局は人の手で行われていた。江戸時代が終わり文明開化の明治時代が来ても、電気ガスのある都会だけが利用していただけで、多くの庶民の生活はほとんど人の手で行われたいた。その証拠に、私が子どもの頃、まだ洗濯はたらいと洗濯板で衣類を洗っていた。火は七輪で起こして、お米をお釜で炊いていた。毎日の掃除はほうきで掃きぞうきんで畳を拭いた。便所はくみ取り式で、はえがたからないように食べ物には網をかけていた。夏の夜は茅を張り、蚊に刺されないようにして、暑ぃ夜は母親が団扇で扇いでもらって寝た。冬の暖房は火鉢で家を温め、夜は湯たんぽにお湯を入れ布団の中に入れた。もちろん戦前にもガス、水道、電気、自動車はあった。しかし、戦後は破壊によりインフラ整備は遅れていた。、多くの庶民に与えられる物では無かった。私の子ども時代は江戸時代の子どもの生活とそんなに変わらないことだった。
しかし、私が10歳頃に日本は大きく変わった。
私が産まれてから15年で生活は一気に変わったのだ。ガスが引かれ,下水が完備し水洗トイレになり,掃除機、冷蔵庫、扇風機、・・・・・生活はより清潔で便利になっていった。娯楽もラジオからテレビになった。子どもの目にも生活が便利になった事が分かった。
そして、TV放送が始まり、みんな新しいメディアにかぶりつきなった。テレビ局は毎日の番組作りが間に合わず、民放はアメリカのテレビ番組を流し始めたわけだ。おとなしい日本番組よりアメリカの大人向け番組を子どもも大人も一緒に見ていた。だから、ポパイもヘッケルジャッケルも毒の効いたアメリカンジョーク満載で、ベティディープなんかはガーターベルトを見せていたお色気たっぷりのアニメだった。それは子ども向けでは無く刺激の強いそして迫力ある大人のユーモアだった。バックスバニーはまさに大人のアニメでありロードランナーを追いかけるコヨーテは可哀想なくらい失敗を繰り返し、おかしくて堪らない繰り返しに最高の笑いを得たように子どもながらもわかり一人で何度も見た。何故なら、アメリカの番組はおそらく高いお金を払っていたのだろう、元を取るために同じアニメを何回も流していたからだ。そして、もう一つ私の心に残っているのは金曜日の10時後に流れる戦争のドキュメンタリーフィルムであった。なにしろ、その頃は大人は猛烈に働いていたから昼間は子どもはテレビを見放題だった。
そのドキュメンタリー番組は戦争中にとられた画像を余すところなく流した。そのフィルムには人間の残酷さを余すところ写っていた。今なら考えられないことだが、そのフィルムをなんのぼかしも無く画面に現れた。硫黄島波打ち際に浮かぶ死体。アウシュビッツで死体をブルトーザーで処理される様子。原爆を落とされた後の広島の惨劇・・・・・。日本兵が中国人を生きたまま埋めていくフィルムも見た。それは生き埋めにされる人のアップまで撮っていた。戦争の残酷さと恐怖を私は感じた。しかも怖いもの見たさに私はその番組に熱中した。その頃、テレビ番組は子ども向けの精査が無く垂れ流し状態だったのだ。それが良かったのか悪かったのか未だに分からないが、私の子ども時代は缶蹴りやたこあげやベーゴマで遊んでいた時期に、同時に視覚的刺激も娯楽として与えられるようになった。
もう一度言うが、良いか悪いか分からないが、私たちは日本の文化の歴史上、初めて動画として私たちにフィルター無しの情報を絶え間なく与えられた子どもたちなのだ。その事は私たちが大人になってなんらかの影響を及ぼしたはずだ。
余談だがその後、結婚して家庭を持ち子ども二人とテレビを一緒にテレビを見るようになった。子どもがテレビを見る時間には宇宙刑事シャイダーや、ドラゴンボール、朝はお母さんと一緒・・・・・。その時に12チャンネルでポパイやバックスバニーをやっているのを知り、懐かしいから見ようと思ったらなんと毒の抜けたアニメで大人にはちっとも面白くないものなっていた。でもそれで良いのだろう私たちの時代がおかしかったのだ。
恐らく団塊の世代は同じような環境で育ち。それが、人生に何らかの影響を与えたと私は思う。子どもには刺激的すぎた。が、それはフィルターのかからない本物であり、熱意や憎悪、恐れや憧れ、私たちの情緒に何らしかのゆがんだエネルギーを与えたように思う。つまり、私たちは早く大人にされたのだ。その影響は大である。早く大人にされた私たちは青春を熱く語り、エネルギッシュだった。学生運動もその結果だろうと私は推測する
私たち団塊の世代は不便さを知っている。私たちは戦争を知らない世代の始まりかも知れないが、子どもの時に戦争の恐ろしさテレビでをちゃんと教えられた。小さいときから本物はどんなものか学び取った気がする。
現代、インターネットで検索すれば、私たち以上に画像の情報にあふれている。子どもたちは隠れて、こっそり見ているだろう。じゃあ私たちと同じでは無いかと思うけど、違う。それは嘘と本物が同時にメディアとして流れているからだ。不便さを知らない人は知っている人より便利さの価値が違う。スポーツで負傷し足にギブスをはめている人を見るのと電車の中で足の無い傷痍軍人を見るのとは違う。CGで作られた本物らしく人が殺される画像を見ることと事実を映した画像は捉え方が違う。芸人がどつかれる所を見て笑うのとコヨーテがロードランナーにやっつけられるとこを見るの笑うのとは違う。上手く言えないが、戦後の混乱期に産まれた私たちは忙しかった大人にほったらかしにされていた。しかし、良いか悪いかは分からないが、危険と自由が一緒にありその中でたくましさを求められたような気がする。
